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「あ、いゝ、いゝ。なんでもありやしない。今すぐ行かう」
「まづい、まづい。酒がまづくなる」
彼は自転車[#「自転車」は底本では「自転者」]にのつた。走り出した。風が頬をかすめた。房一の紅黒い、生真面目な、醜い、厚ぽつたい顔が目の前にのこつていた。
房一は椅子から立ち上つた。
房一がそこへ出るのと、さつきの二人が表から入つて来るのと同時だつた。
「あんたも、おめでたいさうで」
「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――
「あれだね、君は見かけによらない――親思ひなんだね!」
そこから元来た路を引き返した房一は、行きがけには通りすぎた千光寺の山門を潜つた。広い人気のない寺庭には九月の日が明く冴えて、横手の庫裡くりに近い物干竿では真白な足袋が二足ほど乾いてぶら下つていた。そのしんとした庭の中をまつすぐに庫裡の方へ横切つてゆくと、いきなり
「すまんでしたな、長話をして」
「ふむ、さうか」
「今日はえらい早いお帰りだね」